長年出版社を経営していて、新人作家としてのスタートは60代半ばからでした。幸いデビュー作が新聞、雑誌で取り上げられる幸運に恵まれて順調に第二の人生を歩んでいたのですが、70歳近くになってから激しい動悸や息切れで苦しむ回数が増えてきました。ある夜、酒席から帰宅した夜中に激しい胸痛、不整脈に襲われて、救急車で地元の公立病院に搬送され、心房細動のカテーテルアブレーションを施術されることになりました。
ところが手術は失敗に終わりました。同病院の執刀医からは、「右心房と左心房の間の障壁が厚くて強靱で、太股から通したカテーテルの針の先が厚いゴムの壁に撥ね返されて通らなかった。無理に通そうと頑張ったが出血が350cc を越えたので中止した」という術後の説明を受けました。
その後、心臓外科では東京有数の病院の診察を受けましたが、公立病院のデータを診た担当医から、「一種の心臓の先天的異形で当院でも手術はできない。薬で心房細動を抑えましょう」と、心臓内科にまわされました。その時、内科医から「日本で一人だけあなたを手術できる心臓外科医がいるが、受診してみますか」と教えられたのが、多摩総合医療センターの大塚俊哉先生でした。ワーファリンなどを一生服用する治療法は、軽いケガでも出血しやすくなるリスクがあると聞かされていたので、まさに地獄で仏に会った気分でした。
米国の心臓外科医WOLF 博士のもとで2年間にわたって心臓外科治療に専念され、ついにWOLF ― OHTSUKA 法という世界的に有名な「切らない心臓外科手術」を開発されたドクターだということなどをネットで検索して知りました。
1か月後、運よく大塚先生の手術を受ける機会に恵まれました。新方式の手術と聞いていただけに内心不安もあったのですが、驚くほど軽快な外科手術でした。心房細動や脳梗塞を予防できる画期的な心臓外科手術は、骨や筋肉を切ることのない内視鏡手術でわずか50分ほどで終わり、信じられないことですが体への負担が軽いために術後三日ほどで退院できたのです。
大塚先生の手術を受けてすでに3年以上の歳月が経過しています。長年苦しんだ不整脈、息切れからも解放されて、有難いことに日々執筆活動に専念できるようになりました。体調回復に伴って仕事量が増えてきたため、目下のところ老作家は原稿執筆と酒席の回数をいかにしてセーブするかという新たな大問題をかかえて悩んでおります。